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2/19/2015

R.I.P. SHEENA

2015年2月14日、シーナ&ロケッツのシーナさんが亡くなられました。
偉大なロックシンガーであり、雲の上のスーパースターでありながら、ブルース婦人部とも少なからぬご縁がある方でした。ブルース婦人部メンバー個々人の思い出や関わりはそれぞれですが、2005年のNew Orleans復興支援チャリティーライブ(SHIBUYA BLUES FOUNDATION主催)に参加して下さり、ハリケーン・カトリーナにヤラれたNEW ORLEANSの為に何かしたい!と一緒に思えた事は、私たちにとって大事な大事な思い出です。













「カトリーナのイベントの時は、最初、鮎川さんに声をかけさせていただき、その際も二つ返事でOKという感じだったのですが、さすがにシーナさんも、というのは恐れ多くて言えませんでした。
それが逆にシーナさんの方から出演を申し出て下さったといういきさつがありまして、本当に人格者というか、尊敬できる方でした。
あと、本当に「にこいち」のカップルなんだなぁという感じでした。」
・・・・ブルース婦人部、そしてSHIBUYA BLUES FOUNDATIONのメンバーでもある小川ザディ子


2月18日のロック葬にはブルース婦人部からも供花をさせて頂きました。
とにかくカッコ良かった!
謹んでお悔やみを申し上げます。

ROCK!!




4/09/2014

おかえりジョージ


春ですね。

卒業式に入学式や入社式、街ゆく人々の晴れやかな姿を見ていると、自分の過去の甘酸っぱさとホロ苦さを思い出し、ついつい懐かしい音楽を聴きたくなったりするものです。

ワタクシ、現在に至るまで、ながいこと黒人音楽を好んで聴いておりますが、洋楽デビューは英国の白人バンド、カジャ・グー・グーだったことは紛れもない事実です。

最初に買った洋楽アルバムも、最初に買った洋楽シングルも、最初に行ったライヴも全部カジャ・グー・グー。

当時のキャッチ・コピー『Kajaな気分は、今Goo Goo!』は、本ブログの「勝手に邦題」シリーズでも出てこないであろう、難解かつ斬新なインパクトを持って、私のハートに刻み込まれています。

洋楽全盛だった当時、デパートの屋上イベントにランDMCが来たり、スパンダー・バレエなんてグループがサイン会やったり…
いい時代だったなぁ。もらったサイン、どこかにしまってあるかなぁ。

そんなノスタルジーに浸りつつ、CD屋のサイトをチェックしていたら、「お客様におすすめの情報」として、カルチャー・クラブのボーイ・ジョージの復活アルバムが。

ボーイ・ジョージといえば、なんといってもあの美貌。

 


そして、蘇ったという美貌がこちら
 

違和感と共に襲う、この微妙な不正解感。

早速昨日、わたしの夢に現れました。
 
 
想い出は想い出のままがいいのかもしれません。
 
 
ディス子

11/26/2013

ソウル子沢山


私ごとではありますが、グッピーを飼い始めました。

キレイなメダカみたいなこんなやつです。




ご存じの方も多いと思いますが、この魚、卵じゃなくて、いきなり赤ちゃんを産むんです。そしてやたらと増えるんです。

ペアを入れてから、まだそんなに経ってないのですが、既に8匹になってます。
はい4倍。さらに倍率ドン!な勢いです。

でもね、そんなに増えたって、売れるわけじゃない。
増えちゃうのも、大変なんです。


しかし、ブラック・ミュージック界には、子だくさんが功を奏して、成功する人たちが少なくないですね。

アイズレー・ブラザースは従兄も含めた大所帯ファミリー・グループだったし、“ウー・チャイルド”のファイブ・ステアステップスもそう。
 
 
 




ネヴィルズはファミリーの連帯感は強いけど、子だくさん感がいまひとつ。

ミネアポリスにはジェッツなんてのもいましたね。
 
 

でも真っ先に浮かぶのは、やっぱり「ジャクソン一家」と「デバージ一家」です。
 
                       ジャクソン一家
 
                                デバージ一家(一部)
 
 
え?ちょっとレベルが違う?

いえ、私にとって、この二つはハイレベルでの同レベル。大好きだからいいんです。

どちらもともにほぼ10人兄弟。全員が音楽業界で活躍。その後、様々なスキャンダルに見舞われて…

ね、辿った道も似てるでしょ。
どちらも少々ヒドイ親爺の元、兄弟力を合わせ、才能を研ぎ澄ました、、というところも似ています。
「貧乏人の子だくさん」なんて、放送コードに触れそうなことわざもありますが、才能次第でもの凄い金脈にだってなりうるのです。

ここ日本でもビッグ・ダ●ィ&マミ●ばかりに任せておいてはいけません。

まずは大切な誰かとデバージの“切なソウル”を聴いて、少子化問題をくい止めましょう!

 

 
ちなみに紅白に出る「Jソウル・ブラザーズ」ってのは、何代目でも兄弟じゃないみたいです。
 
 
ディス子

 

11/11/2012

ユニバーサル親爺


先日、大阪のユニバーサル・スタジオ・ジャパンってとこに遊びに行きました。

愉快なアトラクションやスヌーピー、キティちゃんに押し込まれつつ、ソウル的な路上ショーもあったりして、ブルース・ブラザース文化もギリギリ生き残っている感じでした。

そうユニバーサルといえば巨大レコード会社でもあります。
かのモータウンだって、ユニバーサルの一員です。

モータウンといえば、テンプス、マーヴィン、ダイアナ、スティービーにスモーキー…
キラ星のごとき幾多のスーパー・スターの超名曲たち。

しかし、ハロウィン・シーズンで賑わうUSJの園内BGMで繰り返し流れていた唯一のモータウン・ソングはこれでした。

 
 
清々しいまでの一発屋、ロックウェルが残した84年の逸品です。
当時、チャートでも上位に食い込んでたから、ご存じですよね。

“黒人=歌が上手い”という先入観を軽々と打ち砕く、もはや歌かどうかも定かじゃない驚きのヨレヨレ歌唱に乗るのは、マイケル・ジャクソンのコーラスというトゥー・マッチなラグジュアリー感。

そして、聴き終わると、ほぼ100%マイケルのキレキレの歌声しか覚えていないという、すり替えマジック。

このロックウェルさん、本名はケネディ・ゴーディといいます。
ゴーディ・・・!?
お気づきですか?
そう、このロックウェル、モータウンの創始者、ベリー・ゴーディJrの息子さんなのです。

我が子のハタチのお祝いにしちゃ、贅沢すぎるプレゼントです。
 
デビューさせるだけじゃなく、あからさまな人脈誇示も織り込むところに、父親の強い念を感じます。
そうか・・・
これは息子のお祝いを装った、オヤジの曲だったのかも。。

 

あ、そうそう、ゴーディ氏の息子といえば、ここ数年で大ブレイクしたエレクトロ・ダンス・ポップ・デュオ「LMFAO」の片割れもそうですね。(もう一人はゴーディの孫)
 
 
                    (メガネが息子、チリチリが孫)

この人気デュオも現在活動休止中。。
あのワンヒット・ワンダーな怪しさに近いニオイが漂います。
ま、余談ですけどね。


今回、あらためて権力というものの強さを学ばせていただきました。

サンキュー・ゴーディ! サンキュー・USJ! ハロー・キティ!

久しぶりにオトコの出世欲が刺激された大阪旅でした。
 
(ディス子)

6/20/2012

ブルvsフレンチ・ブル


『名盤レコードに素敵な邦題を』、今回のお題は難しかったのか、皆さんが忙しい時期なのか、エントリーが少なくてお寒い限り・・・・。まだまだ募集していますので、どうぞガツンと書いちゃって下さい。お待ちしています!

ところで、90年代終わり頃からNHKで放映されていた『アリーmy Love』が、BS・DLifeで再放送されています。平日の朝10時からって、なかなか毎日は見られる番組では無いけれど、「おおー」ってゲストが多くて、そんな日は出来れば見逃したくない。
例えば、多分6月26日にはバリー・ホワイトが、7月3、4日あたりにはアル・グリーンが本人役で登場するはず。その他にも、ティナ・ターナーグロリア・ゲイナーアナスタシアスティングマライア・キャリーなどなど。
演技したり、ミュージシャン本人として出て来たり、アリーの妄想の中で歌ったりと人によって出方は様々ですが、そんな中、教会のゴスペルシンガーとして登場したジェニファー・ホリデーには心底たまげました。
激情のトンデモ・ゴスペルシーンにやられてジェニファー・ホリデーって誰?って調べたら、舞台版「ドリーム・ガールズ」でエフィ・ホワイト役のオリジナル・キャストの人だそうな。


「ドリーム・ガールズ」のエフィといえば、映画で演じたジェニファー・ハドソンの「And I am telling you I'm not going」を歌うシーンががあまりにも印象的。
取り残されたステージで「一人にしないで~~」と振り絞るように切々と訴える姿に、アカデミー賞も当然と思ったものです。


さて、ジェニファー・ハドソンといえば、スター誕生のアメリカ版とも言われるオーディション番組、ご存知『アメリカン・アイドル』のシーズン3(2004年)のファイナリストの一人。アメリカン・アイドルも回を重ね審査員を変えて今年でシーズン11となり、それも先頃優勝者が決まったばかり。
私が応援していたジェシカ・サンチェスは残念ながら準優勝に終わってしまったけれど、まだ16歳で華奢な彼女の歌う姿と歌声には、シーズン中何度もシビレさせてもらいました。いよいよ後は優勝者の発表を待つばかり、戦い全て終わったフィナーレの日に見せたジェシカのステージときたらもう・・・。

デュエットのゲストはジェニファー・ホリデー。曲は『And I am telling you I'm not going』
役者揃い過ぎ。


ここまで書いて来たのも、全てこの動画を紹介したかったからに他なりません。
どうぞ、ご堪能下さい。きっと気に入って頂けると思います。







引き続き、『名盤レコードに素敵な邦題を』考えて下さいね。お待ちしております。



●●● 轟美津子



6/04/2012

DEVIL'S MUSIC



ブルースが好きなストーンズが好き。その2。


イギリスの音楽誌「UNCUT」2002年12月号はキース・リチャーズの特集でした。

















ロングインタビューとたくさんのカッコいい写真、そして付録はなんと、「KEITH RICHARD’S PERSONAL COMPILATION OF BLUES, SOUL AND R&B CLASSICS」、キースが選曲したコンピレーションCDです。

キースが選曲ですよ、みなさん!
これはたいへんです。

「子供には聞かせないほうがいいぜ。俺みたいになっちまうからな。ははははは」

とおっしゃるその名も「THE DEVIL'S MUSIC」。


気になるその内容は・・・

THE DEVIL'S MUSIC
1. Amos Milburn - Down The Road Apiece
2. Jackie Brenston - Rocket
3. Robert Johnson - Preachin' Blues (Up Jumped The Devil)
4. Muddy Waters - Rollin' Stone
5. Jimmy Rogers - Goin' Away Baby
6. Leadbelly - The Midnight Special
7. Clarence 'Gatemouth' Brown - Okie Dokie Stomp
8. Clifton Chenier - Ay-Te Te Fee
9. Professor Longhair & His Shuffling Hungarians - Mardi Gras In New Orleans
10. Little Richard - Good Golly Miss Molly
11. Billie Holiday - He's Funny That Way
12. John Lee Hooker - I'm In The Mood
13. Bob Marley & The Wailers - Jah Is Mighty
14. Hank Williams - You Win Again
15. Ike & Tina Turner - I Can't Believe What You Say
16. BB King - Everyday I Have The Blues
17. T-Bone Walker - (They Call It) Stormy Monday
18. Howlin' Wolf - Moanin' At Midnight
19. Blind Willie McTell - Talkin' To Your Mama
20. Clarence 'Bon Ton' Garlow - Bon Ton Roulet
21. Aaron Neville - Tell It Like It Is
22. Albert King - That's What The Blues Is All About
23. Irma Thomas - Ruler Of My Heart
24. Otis Redding - Pain In My Heart
25. Booker T & The MGs - Baby, Scratch My Back
26. Al Green - Take Me To The River

どうです、この選曲!?

割とふつー? わかりやすすぎ?

いーえ、そんなことはありませんっ!
なんと素晴らしくヴァラエティに富んだコンピレーションではありませんか。

ハンク・ウィリアムズ、ボブ・マーリー、ビリー・ホリディが入っているところなど、いかにもキースですよね。
いかにもすぎて、誰かが代わりに選んだんじゃないかという疑念がふと脳裏をよぎりますがそんな勘繰りはいけません。(しかしイギリス人はなぜああもカントリーが好きなのか?)

Ruler Of My Heart- Pain In My Heartを続けて入れるという心憎い演出をしたかと思えばプロフェッサー・ロングヘアとビリー・ホリディの間にリトル・リチャードを入れるという、オリジナリティ溢れる曲順もキースだからこそです。

注目すべきはニューオリンズ、ルイジアナものがけっこう多い点ですね。
キースはああ見えて昔からニューオリンズ音楽のファンだと公言しているんです。
なかなか良い趣味をしています。

Tell It Like It Is!
キースもアーロン様の歌声にシビレてしまったのですね。


それもそのはず、この度なんとキースがアーロンのアルバムをプロデュースしたというではありませんか。
しかもドゥーワップアルバム。

アーロン、キース、ドゥーワップ。なかなかオツな組み合わせです。
いったいどんなアルバムなんでしょうか。









Forbs記事より
みなさん今年はストーンズの新しいアルバムがリリースされると思っていたでしょう。
Nope. キース・リチャーズはブルーノートレコードから発売されるアーロン・ネヴィルのドゥーワップアルバムの製作を終えたばかりなのです。
ドン・ウォズ(なんと今年の1月からブルーノートの社長さんになっていたんですね)は「スイート・トーンのニューオリンズ・テナー、アーロン・ネヴィルとのアルバム製作で、キースはとても素晴らしい時間を過ごした。」と言っています。
しかしコック長アーロンがキースとドンのためにどのような料理をしたかに関してはいまだ明らかにされていません。(拙訳・抜粋)


なーんだ、結局まだわからないってことですね。
もう少し楽しみに待ちましょう。


というわけで、子供に聞かせないほうがいいぜ、といいながら子供に聞かせたがっているとも思える、優しいキースの優しいコンピレーションをご紹介しました。
ワンダフル!

今週の当番 No.3 bunyayurisses



4/24/2012

102 Edith Grove


みなさんのおうちにもあると思います、こんな細長い箱。
その箱の中に入っているこれまた細長い冊子にキース・リチャーズによるこんな一文があります。

ブライアンがロバート・ジョンソンのファーストアルバムを持っててさ、俺はそれで初めて聴いたんだ。ブライアンと知り合って、奴のアパートに行って。
いや、実際、椅子とレコードプレーヤーとレコードが何枚かあるだけのただ寝るだけの場所ってかんじのところだったけどさ。

ブライアンがそいつをターンテーブルに載せたときはたまげたね。わかるだろ?
で、俺はブライアンに訊いたんだ。「こいつは誰だい?」ってな。

「ロバート・ジョンソンだよ」「それはわかってるさ。でももうひとり一緒にギターを弾いてるやつがいるだろ」
だって俺にはふたりで弾いてるみたいに聴こえたからさ。でもロバート・ジョンソンは全部ひとりで弾いてたんだ。

歌もスゴイしギターなんかまるでバッハを聴いてるみたいだった。それにあのリズムだろ?これを一度にやるなんて、こいつには脳みそが三つあるに違いないぜって思ったもんさ。(抜粋・拙訳)


こんな話をするブライアンとキース、微笑ましいですね。

この「椅子とレコードプレーヤーしかないブライアンのアパート」の場所はわかりませんが、1962年夏、ロンドンに出てきたミック・ジャガー、キース・リチャーズ、ブライアン・ジョーンズ、そしてカメラマンのジェームス・フェルジ(ナンカー・フェルジ)は、チェルシーはエディスグローブのアパートで共同生活を始めます。

アパートの前で  1963年


















ここでの彼らの生活は、来る日も来る日も朝から晩まで、ロバート・ジョンソン、エルモア・ジェイムス、ジミー・リード、マディ・ウォーターズ、チャック・ベリーなどのレコードを聴いてはギターを弾く毎日でした。
「ヘイ、どうだいこのギター、まったくたまんねぇぜ。」なんて話していたのでしょうか。

イギリスの白人の小僧がアメリカの黒人の音楽に、熱に浮かされたように憧憬を募らせた、めくるめく日々だったんですね。

(それにしてもキースがbeautiful dumpと呼んだこの部屋がどんな状態だったかを考えると恐ろしい。キースのお母さんが週に一度やってきては洗濯物を持って帰っていたそうだ)

この後、スターになった彼らがしたことといえば、チェス・スタジオ(*1)やマッスルショールズ・スタジオ(*2)でのレコーディング。
ようやくあこがれの地にたどり着いたという思いだったことでしょう。(*3)

このいとおしきミーハー心!
なんてかわいらしい若者たちなんでしょう。
(こういうところこそが、私がローリング・ストーンズを愛する理由なのです)


そしてこれが2012年3月の 102 Edith Grove。(*4)  少しも変わっていませんね。























エディスグローブはキングス・ロードの脇を少し入ったところにあります。
パンクスはとうの昔に姿を消しましたが、ヴィヴィアン・ウエストウッドとマルコム・マクラレンの「ワールズ・エンド」は健在です。


逆回転時計は今もぐるぐる回ってます

何かにのめり込む日々は楽しい。
それで未来が開けるならなおのこと。

ローリング・ストーンズ青春の一席で、おあとがよろしいようで。



++++


キースが「夢見心地だった」と言うあこがれのマディ・ウォーターズとの
初共演(22 Nov. 1981Checkerboard LoungeChicago
うれしさのあまりちょこまか動いてマディとまるで息が合わないミックと、
妙に真面目くさってギターを弾く2匹のグレイハウンドのようなキースとロニー。





notes
(*1)シカゴ、チェス・スタジオでの録音は1964年と65年に計4回行われた。
それをまとめた「CHICAGO CHESS SESSION」という編集盤がある。

(*2)自分たちのレーベル第1弾アルバム「Sticky Fingers」のため19691224日、アメリカツアーの途中で「Brown Sugar」「Wild Horses」を録音した。Wild Horses」のあの南部の匂いは 3614 Jackson Highway の匂いなんですね。

(*3) 1964年のチェスはともかく、1969年当時の彼らは世界的スター。アラバマ州の田舎町マッスルショールズでは「あのローリング・ストーンズが来た!」という扱いだったが、むしろストーンズの方が「あのマッスルショールズに来たぜ!」だったと思う。


(*4)このアパートは今も誰かが住んで普通の暮らしをしている。
世界中からファンがやってきては写真をバチバチ撮られて気の毒ですね。






今週の当番 No.3・ bunyayurisses

12/10/2011

アーマ・トーマスに慈母を観た!

すでにあちこちのブログにアップされますが、
Billboard Live でのアーマ・トーマスのステージ、心に残る歌でしたね。

泣きました。
「Wish Someone Would You Care」。

「Brakaway」に合わせて、一所懸命振りました。
ハンカチならぬ、テーブルの上の紙ナプキン。

ラストの「Forever Young」では
アーマも涙を浮かべてたけど
客席も泣いていました。


そもそも、ステージの袖に現れたアーマを観た瞬間
あぁ、この人が歌うなら、今夜は素晴らしいステージになると確信しました。
やわらかなオーラ。
目の前で花開いた一輪の花。

友人のSさんは
彼女の人柄に敬意を表して
お嬢さんに「あいま」と名づけたわけですが
正解! と言いますか、納得!! です。

客席にはその20歳といくつかになった
お嬢さんの姿もありました。

「昨日、TOKYOにはAIMAという娘さんがいるのよ、と
話していたところなのよ」

と、アフター・ステージのサイン会で声をかけたアイマちゃんに
顔をほころばせるアーマ。

疲れているだろうに
サインを求める長蛇の列に嫌な顔一つせず
写真撮影にも応じている姿にも胸を打たれました。

「あなたの歌は私たちをシアワセにしてくれました。ありがとうございます!」

と、ワタシもちゃっかり2ショット写真を。

歌は、人をシアワセにするためにある!

これが、この夜のステージのすべてでした。


彼女の動画は今年のジャズ・フェスのものを含め
多数アップされていますが、こちらを。

2007年 Louisiana Music Hall Of Fameのチャンネルから。
客席でいろんなことが巻き起こっていますが
まったく動じず、携帯カメラにも笑顔を見せる
余裕のアーマをご覧ください。




年齢のことはタブーかもしれないけど
アーマ・トーマスは1941年生まれ。
ティナ・ターナーよりちょっとだけ年下です。

若いころよりはずいぶんたっぷりしちゃいましたけど
まったく年齢を感じさせません。
歌声のハリはもちろん
愛らしさも変わりません。

なんだろ、この人たちの美しさって。
別にウェブサイトの横に出てくる広告にあるような
サプリ飲んだり、化粧水変えたりしたからじゃないと思うのですよ。

余談ながら、最近、あらら、と思っているのが
ドリーム・モーニング娘。
グループに見えて、あくまでミテ、ミテ、ワタシ・パワーのAKBに対し
モー娘の基本は団体芸だと思うのですが
その塊になってかかってくる感がすごい。

しかし、それも彼女らが少しオバサンになり、
適度に重量感と、小手先のがつがつした色気が薄れてきたからこその
パワーだと思うのです。

もちろんQueen Of New Orleansとはあらゆる意味で比較にはなりません。
雲泥の差です。
アーマ・トーマスは人前に立つ歌手として
蔭で努力もしていることでしょう。

でも、でも、ですよ。
これからの日本の文化に必要なのは
こうした重量感。
そして
齢を重ねて身につけるべきは
慈愛に満ちた笑顔ではないかと思うわけです。

ちょっと飛躍しすぎました!


とにかく、婦人部も、ぜひ、応援活動を通じて
皆様のシアワセのために貢献していける
おおらかで、かわいげのある女性になりたいものです!